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アイデンティティの内的多元性:哲学と経験科学の協同による実証研究の展開
日本学術振興会 課題設定による先導的人文学・社会科学研究推進事業採択プログラム(2017-2020)


概要

「アイデンティティの内的多元性:哲学と経験科学の協同による実証研究の展開[link]」は、日本学術振興会による課題設定による先導的人文学・社会科学研究推進事業採択プログラム(領域開拓プログラム:研究テーマ公募型)に採択された研究プロジェクトである(交付期間:2017年10月〜2020年9月)

背景と問題

自己と他者の哲学の歴史                         

「私」とは,主観を持つ唯一無二の存在である.他者もまた「私」と同じ様に,主観を持つ存在である.しかし我々は,他者の主観的な経験そのものを,自ら経験することはできない.にも関わらず,我々は他者の視点に立って世界を見ることができる.なぜ人間は,自己と他者という複数の視点を切り替えて,世界を認識することができるのだろうか?自己,他者,間主観性をめぐるこうした問題は,哲学,20世紀に入ってからはとりわけ現象学において探究されてきた (Husserl, 1931; Merleau-Ponty, 1945).

自己と他者の科学の発展                         

20世紀末に入ると,神経科学や認知科学の発展に伴い,意識,自己,間主観性について,自然科学的な知見が急速に蓄積され始めた.自己認識や他者の心的状態の理解 (心の理論,メンタライジング) に関わる脳内ネットワークや (Lombardo et al., 2010; Jankowiak-Siuda et al., 2011),意識と相関する神経活動に関する研究が進展した (Koch et al., 2016).さらにこの流れの中から,クオリアのような主観的経験を情報量という概念を通して定式化する試み (Tononi, 2004),脳という計算システムの機能を自由エネルギー原理で統合的に理解する試み (Friston, 2010) などが生まれてきた.いずれも,単に心的活動と相関する脳部位を特定するのではなく,情報理論や複雑系科学の成果を積極的に応用して,現象学が対象としてきた概念を探求する動きである.

哲学と科学の協同を目指して                      

科学サイドの動きに対して,神経哲学,神経倫理学といった領域が立ち上がるなど,哲学サイドからも一定の反応が生まれた.だが哲学サイドから実証的に検証可能な仮説を提供しようとしたり,実証研究に参画するような試み,哲学の豊穣な知と経験科学の成果を融合しようとする試みは少ない.
本研究の目的は,経験科学の豊饒な成果を前にして,哲学者が果敢に科学者と協同し,実証研究を行えるようになるためのロールモデルを提供することにある.哲学と経験科学の協同を通してアイデンティティの内的多元性に関わる複数の実証研究を展開していく.実証研究の現場に,哲学者が協同参画することで,経験科学の実証的精神と哲学の豊饒な知が有機的に結合した新たな研究のあり方を実践していく.