Overview
東京大学本郷キャンパス
武田先端知ビル内
武田ホール [map]
登録不要・参加費無料
「アイデンティティの内的多元性」プロジェクトは、哲学と科学の協同を通して、自己と他者認識についての研究を展開するチームである。
第1回公開シンポジウムでは、自己という存在を学術的に探求してきた5人の外部講師に登壇していただき、領域横断的な研究の現状を紹介する。
さらに、本プロジェクトの研究経過を報告すると共に、講師とのパネルディスカッションを通して、自己という存在をめぐる諸問題について議論する。
Program
田口茂+小川健二+竹澤正哲(北海道大学)
自己意識と他者意識の共通の源泉?
──現象学と認知神経科学の学際的研究
大畑龍(東京大学)
運動を通して感じる自己:
運動主体感を生み出す脳内メカニズム
浅井智久(ATR)
予測誤差とその最小化による自他表象
飯塚博幸(北海道大学)
ロボットの感覚運動統合に現れる自己位置表象
田中彰吾(東海大学)
自己はどこまで脱身体化できるか?
山田真希子(放射線医学総合研究所)
自己認識のゆがみと脳内メカニズム
谷淳(沖縄科学技術大学院大学)
ロボット構成論的アプローチで考える身体的自己と物語的自己について
パネルディスカッション+閉会の挨拶
Abstract
この運動を行ったのは自分だという感覚を運動主体感という。これまでにも運動主体感を感じる神経基盤の解明が試みられてきたが、感覚運動システムがいかに“自己”という主観的感覚を形成するのか、その脳内プロセスは不明であった。我々はまず、自他を区別する情報が脳内のどこに表現されているのかを探索するためのfMRI実験を行った。その結果、右下頭頂小葉(rIPL)が運動の自他判断につながる主観的感覚を担う可能性が高いことが判明した。加えて、脳神経刺激によるrIPLへの修飾が、感覚運動情報と自他判断との関係性に影響を与えることが明らかとなった。これらの結果は、rIPLが感覚運動情報にもとづいて運動主体感を形作る主要な役割を担っている事を示唆している。
近年の理論的および実験的研究は,予測による知覚世界の修飾(予測的符号化)の重要性を指摘してきた。自己由来の感覚入力は予測可能であるため,予測誤差は小さいべきであり,逆に言えば,私達の予測機能は,誤差を最小化するようなダイナミクスを持っているはずである。このように逐次的にアップデートされる私達の予測は,柔軟に環境へ適応するのと同時に,予測されたものとしての可塑的な自己表象を維持するのにも貢献している。本発表では,個体内および個体間で,予測誤差の最小化原理に基づいて自己および他者表象が創発しうるいくつかの実験研究を紹介し,自己という捉えどころのない,しかし明瞭な主観性を科学的に扱う展望について議論したい。
従来の認知神経科学における自己研究では、「ミニマル・セルフ」の概念が大きな役割を果たしてきた。しばしば引用される哲学者S・ギャラガーの2000年の論文によると、ミニマル・セルフとは、記憶にもとづく物語的な自己を取り去ってもなお残ると考えられる最小の自己感(sense of self)であり、主体感と所有感によって構成される。両者は実験場面ではそれぞれ運動主体感と身体所有感として理解され、身体に根ざした自己感の解明が進められてきた。その一方で、実験によって引き起こされるフルボディ錯覚では、身体所有感を仮想身体上に誘発することで体外への自己感の転移が試みられている。あるいは、離人症のような特異な精神障害では、身体所有感が全般的に低下し、脱身体化した自己感が当事者によって報告されるため、自己研究においても注目を集めている。この講演では、これらの特殊なケースを参照しながら、脱身体化した自己がどの範囲で可能であるのかを考えるとともに、ミニマル・セルフの構成要素を再考する。
本講演では、2種類の自己、身体的自己(minimal self)と物語的自己(narrative self)について、Gallagherの考えを参考にしつつ、ロボット構成論的実験の結果から、そのメカニズムについて考える。特に、予測符号化及び能動的推論などに基づく神経回路モデルを用いたロボット構成論的実験の結果から、通常潜在的な身体的自己が顕在化する過程を、健常者の場合と統合失調症の場合に分けて考察する。さらに、経時的な物語的自己が、各瞬間ごとの身体的自己のまとめ上げから如何に合成されうるか、神経回路モデルの学習に基づく合成可能性(compositionality)との関連から考察する。最後に、このような自己の在り様と自由意志との関連に、内部観測の観点から言及する予定である。
参考文献:Tani, J. (2016). Exploring Robotic Minds: Actions, Symbols, and Consciousness as Self-Organizing Dynamic Phenomena. New York: Oxford University Press.
私たちの思考は、偏ったものの見方や思い込みなど「認知バイアス(ゆがみ)」が生じやすい。特に、自分自身に対しては、概して自分に都合の良い解釈を行う傾向があり、ポジティブ錯覚と呼ばれる認知バイアスを持つ。自分自身を過大評価する傾向は、不確実性の高い競争社会で有利に働くことがシミュレーションによる計算モデルで示されており、また、人類学的視点からも進化論上適応性が高い能力と捉えられている。本講演では、自己省察という観点から自己認識のゆがみとメタ認知との関連を議論し、脳内メカニズムについて考察する。
本プロジェクトの目的は、哲学者が実証科学の現場に降り立ち、仮説構築から実験デザイン、データ解析に至るまで協同することで、哲学と実証科学が融合した研究のあり方を探求することにある。本発表では、プロジェクトの概要を紹介した上で、現在進行中の実証研究について報告をおこなう。我々は、現象学における自己意識と他者意識の基本様態についての議論、とりわけフッサールにおける「原自我」(Ur-Ich, primal I)の概念に着想を得た。そして自己と他者が単に異なるものとして区別されるだけでなく、いずれも主体としては同じタイプの存在者として「重ね合わされる」という現象が概念的に見て不可欠であるとの考察に基づいて、実証可能な仮説構築を目指した。少なくとも「自他の重ね合わせ」という現象は、神経科学、発達心理学におけるいくつかの実験的研究によってもサポートされているように見える。われわれは、この現象に的を絞ったfMRI実験を計画し、現在予備実験を行っている。この研究について、その概要を報告する。
我々は,広がりをもった空間の中で自分が今どこにいるのかがわかる.この能力は地図を見たことないラットでも持っていることが知られている.ラットは時間的に連続した視覚と体性感覚の情報を統合することで,この能力を得ている.この自己位置の表象の構築メカニズムを理解するために,本講演では,神経回路モデルをもつロボットが仮想環境で動き回った時に,感覚統合する過程において予測学習をしたときにこの表象が形成されることを紹介する.その時に場所細胞のような働きをする細胞が出現する.場所細胞は,自己の位置をコードしているといわれる細胞で,この細胞は自己だけでなく他者の場所にも反応することが知られている.自己と他者の場所細胞が出現する新しい神経回路モデルについて紹介し,自己と他者について議論する.
Inquiry
竹澤正哲
m.takezawa [at] let.hokudai.ac.jp